
出会いを紡いでいけたら嬉しい
まずは自己紹介をお願いします。
音楽との出会いは15歳の頃。エレキギターを手にしたのが始まりでした。
その後、ゆずの楽曲に影響を受け、アコースティックギターへ転向。
高校時代にはフォークデュオを結成し、文化祭や路上ライブを経験しました。
大学進学後はソロ活動を本格化。
2025年11月21日、自身の40歳の誕生日に、地元・蕨駅西口での路上ライブ通算500回を達成しました。
また、蕨商工会議所青年部PR曲「わらび道中」の作詞・作曲を担当。
現在は「竹田バンド」にて、タンバリン・小道具・コーラスを担当しています。

佐藤さんにとって、音楽は日常生活の中でどんな存在ですか?
人と人とを繋ぐ、欠かすことのできない存在です。
音楽を始めたきっかけや、歌うようになった最初の記憶はありますか?
中学生の頃、友人がエレキギターを弾いている姿に魅せられたことが、音楽を始めたきっかけです。
歌うようになったのは高校生になってから。友人に借りたゆずのCDをきっかけにアコースティックギターを購入し、弾き語りを始めました。
路上ライブ/弾き語りというスタイルを選んだ理由を教えてください。
自分のことをまったく知らない人たちの中で、自分の音楽が通用するのか試してみたかったからです。
音楽的に影響を受けたアーティストや、今でも大切にしている曲はありますか?
最初はGLAYやL’Arc〜en〜Cielなどのロックミュージシャンに影響を受けました。
アコースティックギターを手にしてからは、ゆず、19、Mr.Children、スピッツをよく聴くようになりました。
「これが一番大切な一曲」という感覚ではありませんが、
ゆずの「いつか」「からっぽ」、
19の「あの紙ヒコーキ くもり空わって」を聴くと、今でも自然とワクワクします。
歌詞を書くときは、実体験がベースになることが多いですか?それとも想像から広げていくタイプですか?
実体験をベースにした曲が多いです。
そこから想像を膨らませ、架空のストーリーに仕立てることもよくあります。
嬉しい時や苦しい時、音楽は佐藤さんにとってどんな役割を果たしていますか?
嬉しい時は、その気持ちのままノリのいい曲を聴きます。
苦しい時は、自分を励ましてくれる曲を選び、感情に寄り添ってもらうことで心を落ち着かせています。
歌うときに一番大切にしていること(声・言葉・空気感など)は何ですか?
弾き語りというスタイルなので、歌詞と声を特に大切にしています。
恩師から教わった「sing like talking(しゃべるように歌う)」という言葉を常に意識しています。
また、会場の雰囲気に合わせて歌い方を変えることも心がけています。

普段の一日は、どんな過ごし方をしていることが多いですか?
日常の中には、作詞のヒントやメッセージがたくさん隠れていると感じています。
休日は散歩をすることが多く、今では作詞に欠かせない時間になっています。
音楽から少し離れる時間はありますか?その時間はどんなふうに過ごしていますか?
行き詰まったときは、趣味の登山に出かけてリフレッシュしています。
最近、音楽をやっていて「続けてきてよかったな」と感じた出来事はありますか?
蕨駅で続けてきた路上ライブの500回目のとき、たくさんの仲間が応援に駆けつけてくれました。
その瞬間、「これはもう自分ひとりの音楽じゃないんだな」と強く感じました。
気分転換やリセットしたい時に、よくやることがあれば教えてください。
会社の後輩からもらったミニ四駆をいじっています。
とても集中できるので、良い気分転換になっています。
今後、音楽活動で挑戦してみたいことや、広げていきたい表現はありますか?
まずはワンマンライブに挑戦したいです。
また、楽曲でのコラボレーションにも取り組んでみたいと考えています。

数年後、どんなアーティストになっていたいと考えていますか?
数年前まで俳優活動もしていたので、歌手と俳優業の両立ができたらいいなと思っています。
最後に、この記事を読んでくれた方、そしてこれから佐藤さんの音楽に出会う方へメッセージをお願いします。
「人と人との繋がりの大切さ」をモットーに、歌い続けています。
代表曲「えんのき(縁の木)」のように、無縁社会と言われる今の時代だからこそ、
私の楽曲を通じて、ひとつひとつの出会いを紡いでいけたら嬉しいです。

アコースティックを軸にした弾き語りスタイルで活動。
15歳でギターを始め、高校時代にフォークデュオ、大学以降はソロ活動を本格化。
2025年11月21日、40歳の誕生日に地元・蕨駅西口で路上ライブ通算500回を達成。
蕨商工会議所青年部PR曲「わらび道中」の作詞・作曲を担当。
現在は竹田バンドにてタンバリン・小道具・コーラスも務める。
活動拠点は蕨市・戸田市を中心に、東京都内各地。