番場昭典

やれる事をやらなければ!

まずは簡単に自己紹介をお願いします。

番場昭典です。陸上自衛官でありながらシンガーソングライターとして活動しています。
兵庫県、大阪府を中心にブッキングライブや新開地音楽祭などのフェス、その他マルシェ等のイベントに出演しています。
また、ミスチル のコピバンでギターボーカルとしても活動中です。

高校時代からバンドを組まれていたそうですが、音楽を始めたきっかけや当時好きだった音楽について教えてください。

軽音楽部の友人に誘われたのがきっかけです。当時高校一年生でバスケ部に所属していましたが、色々あって辞めたいなぁーと思っていた時に声を掛けてもらいました。
当時好きだったのは今でもですが、Mr.Children、SOPHIA、RAZZ MA TAZZでした。

就職後にはパンクバンドでも活動されていたとのことですが、当時はどんな音楽活動をされていたのでしょうか?

ライブハウスで2、3度ライブしただけですが、私はボーカルでした。
ギターの方が曲を描いていて、セトリはオリジナルと『ゼリ→』というバンドのコピー曲で構成されてました。
ベースの方がぶっ飛んでいて、ライブ中に『いいちこ』を瓶でがぶ飲みしながらやるスタイルで客席を沸かせていました笑

番場昭典

バンド解散時にアコースティックギターを譲り受け、その後しばらく音楽から離れていたそうですね。そこから再びギターを手に取ったきっかけを教えてください。

27歳の時の転勤先で知り合いが誰もいない場所だった事から、暇すぎて引っ張り出して来たのがきっかけです。
すみません、つまんないきっかけっス

Mr.Childrenなどのカバーから始まり、徐々にオリジナル楽曲を作るようになったとのことですが、「自分の曲を作りたい」と思うようになったのはなぜでしょうか?

上記以前からオリジナル曲への興味はありました。最後に組んだバンドでギターの方が作ったとは言え、オリジナルをやっていたと言うのが、私の中では曲作りへの種だった様に思います。
ギターをちゃんと触りだした時にミスチルのコードブックを開いて遊んでいたのですが、根がせっかちなので、簡単な曲がある程度弾き語れるようになってきた段階で、もうすぐにでも曲を作りたい、作ってみたいって気持ちが、それこそ毎日水やりしてムクムク・・・とか言うかわいい感じでは無く、もう『ドン!』と、急に目の前に大木の様に現れた感じでした。
ちょうどその頃に高橋優さんがメジャーデビューされて、彼の作品に衝撃を受け、メロディメイクや歌詞の世界観にどハマりし、それが私にとってオリジナル曲作りの具体的な指針となりました。本気で作りたいと言う気持ちを確立させる最後のきっかけが高橋優さんでした。

現在は約20曲のオリジナル楽曲をお持ちですが、曲を作る時はどんなところからアイデアや言葉が生まれることが多いですか?

その時々でアイデアの出所は違います。家族や友人を思う時や、映画を観てる時、通勤時に車窓から綺麗な夕焼けを見つけた時とか。様々なシチュエーションで、常に音を追求しがちです。まるでそれぞれのシーンで主題歌を付ける様に。ドラマチックな夢を日々の風景に落とし込んで作り出します。
具体的には、鼻唄でグッとくるメロディが出てきたら、一見意味のないフレーズをのせて、とりあえずボイレコに録音します。意味が通らない楽句でも響きを重視して、そこに合う旋律をプラスしたりしながら、歌詞を当てたり削ったりする中で、最初はよくわからないフレーズでも、ちゃんと意味を持つ歌詞が出来上がってきます。
なので、いいフレーズが浮かんだら、電車内でもケータイのボイレコに吹き込んでます笑、もちろんちっちゃい声で!ですが、かなり様子がおかしな乗客ですね。

「嘘のない歌を歌いたい」「聴く人と気持ちが通じ合えるような歌を届けたい」とお話しされていましたが、そうした音楽への考え方はどのように生まれたのでしょうか?

家でひとり、楽しむために音楽をやるなら、別にどんな歌でもいいと思いますが、ステージに立つ以上は、歌う言葉が聴く人の心まで届いて欲しいと思うのは当然だと思うし、何より、お客様には来て良かった!と感じてもらいたいです。そのためには自分の表現力が大事だと思っていて、嘘の言葉だと伝えられる自信はありませんし、何より自分が萌えないと言うところからです。

番場昭典

ライブでお客さんの前に立つ時、特に大切にしていることはありますか?

“入り込む事”を大切にしています。
自分の曲に酔うのではなく、曲それぞれの個性や、こめた想いなんかを、表現できるように曲の中に没頭するようにしています。

音楽を続けてきたことで、ご自身の人生や考え方にどんな変化があったと感じていますか?

変化で言えば、最近の曲をお聴きいただければ解るかと思いますが、生(せい)について、より深く考える様になりました。自分の人生は長くても、もう折り返し地点で、とは言え実質的には身体や脳が衰えていきますので、やれても数年?十数年?だったら今、やれる事をやらなければ!と思う様になりました。

これから音楽活動を通して挑戦したいことや、実現してみたい目標を教えてください。

挑戦したい事は、曲をバンドアレンジしてレコーディングや、ミキシング、マスタリングをやってみたいです。
それから、妻を感動させられる曲を作ってみたいです笑

京都で育ち、現在は神戸で生活されていますが、関西での暮らしや土地柄がご自身の音楽に影響していると感じることはありますか?

土地柄がと言うと、少し違いますが、出身の京都(北部の田舎)では、『カーネーション』と言う楽曲でも少し触れていますが、母の病気や入院、厳格な父への反発。幼い頃から母が家にいない環境で、年の離れた兄弟達も家を出ており、頼る人もいませんでした。
家事や母の身の回りの事は私がやっていました。何故自分だけ・・・と、何度も何度も涙を流した記憶があります。父の影響でバラエティ番組なんてもっての外で、中学、高校では、友達と話が合わず、疎外感を感じる日々でした。
それでも、歌う事は好きで、良く山に行って大声で歌ったりしていました。土地柄からくる音楽への影響を言うなら、そんな田舎だったからこそ、思いっきりひとりになれて歌える場所があった事、雄大な夕焼けや星空を見ながら、それを美しいと感じる心を、ひとりで、ひたすらに育む事ができる環境にあった事なのかなと思います。
神戸、伊丹の兵庫南部では、人だらけなので、良くも悪くも日々の生活で音楽を追求するマインドを育てられました!

普段のお仕事をしながら音楽活動を続ける中で、どのように音楽の時間を作っていますか?

家族の協力で時間を作ることが出来ています。特に妻ですが、まだ子供達も手がかかる大変な中なのに、嫌な顔せず、練習やライブに送り出してくれます。本当に感謝しかありません。
制作に至っては、通勤時間の電車内で作る事が割と多いです。

番場昭典

お休みの日など、音楽以外の時間はどんなふうに過ごすことが多いですか?

ほとんど、家族と過ごします。よく行き当たりばったりのドライブをして、行った先で見たり、遊んだり、買い物したり。とにかくテキトーにゆる〜く過ごしています。

音楽以外で好きなことや、最近ハマっていることはありますか?

昔からですが、ちょっとした料理と、お酒を飲む事くらいです。

今の番場さんにとって、仕事・音楽・プライベート、それぞれをどんなバランスで大切にしていきたいですか?

仕事も音楽もプライベートも、しんどくなりすぎない程度に、その都度調節しながらやりたいと思いますが、どれも出来るだけ目一杯頑張りたいと思っています!

番場昭典
番場昭典

アコギ弾き語り。関西でオリジナルを中心にブッキングライブやフェス等に出演。(新開地音楽祭、エンズフェスタ他)楽曲はポップス及びバラード。
大切な人達や、その時感じた想いを込めた楽曲を、のびやかなハイトーンで歌いあげ、聴く者の心を打つ。