石岡雅敬

初心に毎回帰っている気がします

まずは自己紹介をお願いします。

1979年北海道七飯町という小さな町で生まれました。中学生のときに吹奏楽部に入部し音楽に出会い、そのまま自然な流れで同級生とバンドを組むなどで音楽が好きになっていきましたね。2000年には仕事をきっかけに千葉県に引越しました。それでも音楽は好きだったので仕事をしながら、あくまでアマチュアとして都内、千葉県内で弾き語りのライブを続ける生活をしていました。本格的な音楽活動のスタートになったのは、定期的に出演していたライブハウスがインディーズレーベルを立ち上げるとのことで声をかけていただきインディーズでCDを発売した2007年となります。その後は、自分のスタイルを確立しながらシンガーソングライターの活動の他に、浦安市の財団うらやすのイベント「Uスタイル」ナビゲーターに就任したり、楽曲提供、編曲、吹奏楽譜面作成、ギター講師など、さまざまな幅での活動に広げ現在に至っています。

2007年のインディーズデビューから17年、会社員と音楽活動を両立されてきたとのことですが、このスタイルを続けてこられた理由を教えてください。

今でもそうですが、しっかりとした仕事を持っているということは誇りに思っています。多分、音楽だけに集中した立場になっても起床している時間すべてを音楽に注ぎ込んでいなかったのではと思うので。そうであれば、しっかりと仕事をしていて音楽をやっていてすごいなってなるし(笑)。もうひとつはやはり音楽がめちゃくちゃ好きですね。なので二足の草鞋でも全然疲れないし、むしろ音楽がパワーになるので続けてこれているのかなと思います。

音楽を続けるうえで、環境や立場が変わっても“変わらなかったもの”は何でしょうか?

同じような回答ですが、やはり好きという気持ちは変わりません。あとはずっとうまくなりたい、前よりも良い曲が作りたいという中学生のような気持ちも変わっていないかと思っています。音楽活動の中で悔しい思いや、嫌な気持ちになってしまう出来事はもちろん沢山あるのですが、「いや、好きで自分で選んでやっていることだろっ」て思うと、すっきりして初心に毎回帰っている気がしますね。

学生時代にMTRで多重録音を楽しんでいたとのことですが、当時の音楽制作の原体験で今も大切にしている感覚はありますか?

当時はお金もなくて、自分で買えなかったら先輩から古いメタルテープのMTRをもらって。メタルテープは世代の人は懐かしいと思います。音を重ねていく感覚にハマったのを今でも覚えています。現在もレコーディングは打楽器以外は全て自分で演奏するのですが、当初もギター、ベース、キーボードを自分で重ねて何度も聞いては楽しんでいました。ドラムはキーボードで打ち込んでいましたね。最初はバンドスコアをそのまま演奏して重ねて満足していたのですが、そこに原曲にない音を入れてみたりしてオリジナルの楽曲も作ってみるきっかけになりました。いまでも音が重なっていく楽しさは薄れていないので、その感覚がしっかりと残っていると思います。

これまでに制作された40曲の中で、特に思い入れのある1曲を挙げるとすれば?

「遠く」という曲です。20代半ばくらいに故郷の北海道を思って作った曲なのですが、それまで自分の作る曲は何かのヒットソングを真似ていたり、ジャンルやカラーが固まっていなかったのですが、石岡雅敬っぽさが出来たと初めて実感できた曲になります。この曲のおかげで70年代フォークっぽいけど違う新しさがあるというイメージが定着し、そのおかげでフォークソング歌手の方の前座などのお仕事も沢山いただけたと思っています。

「行間に歌」などの作品では、感情の深さと静けさが共存しています。歌声に込めている“感情の温度”はどのように意識していますか?

規模によってはバッグバンドを入れてライブをしていますが、基本の形態はアコースティックギター1本での弾き語りです。歌とギターのシンプルな二つの音だけの中で極端すぎる位の抑揚は本当に大事なことだと思っています。ストーリー性を持っている曲も多いので、どこで感情が爆発し、どこで引くのかを常に研究していて、表現する時は自分が思っているより大袈裟にします。うまくできているのかは今でも謎ですが、そう言っていただけて本当に嬉しいです。

日々の生活や仕事の中で、音楽づくりにインスピレーションを与える瞬間はどんな時ですか?

実はほとんどないです(笑)。曲は作ろうと思って作ります。なのでスタジオに6時間とか籠ってひたすら作るみたいな作り方ですね。歌詞とメロディーは同時に作っていくので、曲のテーマを決めて、決まったらひたすらギターを弾きながら歌ってみています。普段の生活の中で歌詞や思いついたメロディーを書き留めるなど他のアーティストでよく聞きますが、私は日常では全く思いついていなく、よし!こんなテーマの曲を作ろうと思って作りはじめていますね。そう考えると、テーマとストーリーのある出来事なんてなかなか日常にはないので、小説とか映画のワンシーンから勝手に別のストーリーを妄想してそのテーマで曲を作るとかはよくあるかもしれません。

音楽と社会人としての時間、どのようにバランスを取っていますか?

どちらも圧迫しないですね。どちらかが優先などと決めてしまうと無理が生じますし、その時々での状況もありますから。仕事を優先してライブのオファーを断る時もあるし、音楽活動のために仕事のお休みをもらう時もあります。でもどちらを選らんでも後悔せず、二足の草鞋を楽しむことだと思っています。

仕事終わりや休日など、心を整えるための習慣やリセット法があれば教えてください。

うーん、自分では思っていないのですが、周りから「マグロのように泳ぎ続けないと死ぬ」と評されることが多くて、確かに小忙しく動き回っていると自分でも思います。なんだろう、すみません。本当に思いつかないです。

ライブ活動で大切にしていること、そしてお客様との距離感で意識していることは?

まずは自分の曲を知っている方が少ないことは自負しています。メディアに出ているわけでもないですからね。ライブ常連の方もいらっしゃいますが、新しい場所などでは特に曲を知らない方々に「あっと言う間」の時間だったと思えるようなライブであってほしいと思っています。歌う前に曲が出来上がるまでの経緯やテーマをお伝えして歌っているのと、曲調や雰囲気が被らない曲を選曲して「あっと言う間」の作戦を立てています。なのでライブはよく喋りますね。お客様との距離の近い場所もとても多いので、話しかけたり質問もしています。ライブ会場全体を一つの空間にしたいなとよく思っています。

ご自身の作品をサブスク配信するうえで意識していることや、印象に残っているリスナーの反応はありますか?

最近の作品はドラムも入るバンド形式での編曲も多いのですが、打ち込みは使わず、全て生演奏としています。依頼の仕事で納める音源はDTMを多用しているのですが、自身の作品はこだわっています。DTMの生楽器と聴き分けができない能力の高さは知っているのですが、ちょっとしたズレや揺れなども味だと思ってこだわっています。なのでリスナーより懐かしいや年配の方から「自分の青春時代の曲のようだ」と言っていただけるのは生演奏の効果もあるのでは?と思っています。

音楽以外に、日常の中で大切にしている趣味や過ごし方があれば教えてください。

幼き頃から地元北海道で登山をしていて、中学校から音楽も趣味になり、音楽が仕事になってしまったので今の趣味は登山のみです。登山経験中に曲が思いつくことはないのですが(笑)、2025年に八ヶ岳オーレン小屋のテーマ曲の依頼制作と配信を実施しました。趣味が実益になった良い例かと思います。年2~3山くらい百名山を登っていて百名山制覇を目指しています。現在85山制覇でやっとゴールが見えてきたところですね。

今後挑戦してみたい表現や、形にしてみたい作品テーマはありますか?

40曲ほど持ち曲がありますが、どの曲にもない新しいテーマの曲は作りたいです。曲作りでぶつかる壁は「似たような曲があるなぁ」ということが多いので。後は、できる限りエレキギターを使わずアコースティックギターで楽曲を制作してきているので、アコースティックギターのみを重ねた豪華で重厚な楽曲の制作にも挑戦してみたいです。

あなたにとって「音楽」とはどんな存在ですか?

自然に楽しんでやってきて、たまたま仕事になりましたが、本当に好きなんだと思います。音楽と登山以外のことにハマらなかっただけかもしれませんが、シンプルに好きなことです。楽しいから努力できるし、好きだから頑張れるって感じかな。人生です!とか、空気みたい!とかカッコよいことは思っていなく、お寿司が好きくらいの感覚かもしれません(笑)。

最後に、SOULFUL DAYSの読者や同じように“好きなことを続けている人たち”へ、メッセージをお願いします。

結局、自分は中学生の時に好きになった音楽を同じように続けているだけです。今でも形態が変わっただけでメタルテープのMTRを夢中で触っていた時とやっている事は変わらないと思っています。何か新しい事を始めるのはカッコよいかもしれないですが、同じことを続ける事もとてもカッコよいと思っています。好きでライブをし続けていたことがインディーズデビューにつながったり、好きな登山が山小屋のテーマ曲製作につながったりしました。どんな事も続けている事は絶対に自分の影響になる。直接的でなくても続けた自負は自分を助けてくれると考えています。ぜひ胸をはって好きなことを続けてほしいと思います。

石岡雅敬
石岡雅敬

1979年北海道生まれ。アコースティックギター弾き語りのスタイルで活動し、2007年「その声を」でインディーズデビュー。2009年千葉県浦安市のうらやす財団主催「Uスタイル」のナビゲーターに就任し活動の拠点を浦安市に移して行く。
現在まで定期的な新曲の発表と「Uスタイル」ライブも116回目を迎えシンガーソングライターとしての活動を継続中。

楽曲リンク
https://www.youtube.com/channel/UCxsRdfwwViyfWpM3_Zc5INA
https://music.apple.com/jp/artist/%E7%9F%B3%E5%B2%A1%E9%9B%85%E6%95%AC/639481238
https://music.amazon.co.jp/artists/B09FM45KFW/%E7%9F%B3%E5%B2%A1%E9%9B%85%E6%95%AC
https://open.spotify.com/intl-ja/artist/0OeA07HkdSAItkTiB82doE